Dialogue1
「沖縄での営みをめぐる」
対談シリーズ
「沖縄での営みをめぐる」
おきなわいちば presents対談シリーズ
「沖縄での営みをめぐる」vol.4
宮城クリフ(Cliff Beerオーナー、クラフトビール醸造家)×藤田貴大
藤田 ここ最近は、ずっとクリフビールを飲んでいました。
クリフ 全種類も買っていただいて、ありがとうございます。
藤田 ツアー中、メンバーとああだこうだ言いながら、一つ一つちびちび飲んでいました。とても楽しい時間でした。
クリフ 僕、藤田さんの舞台を沖縄で2回観たことがあります。でも、『cocoon』(2015)は2回連続で観たので、厳密に言うと3回ですね。1回観て、あまりにも感動しちゃってもう1回観て。あとは、銘苅ベースの『みえるわ』(2018)にも行きました。
藤田 ありがとうございます。嬉しいです。クリフさんはリアルエールを製造するだけじゃなくて、ラベルの絵も描いているんですよね。つまり、出来た後のこともすべてデザインしている──
クリフ 自分の中ではビールを作っている醸造家というよりも、アートの延長的な形でやらせてもらってます。
藤田 リアルエールを作ること自体が文化だ、というふうにおっしゃっていましたよね。しかもそれを沖縄で一から作っているというのがすごい営みだなあ、と思いました。
クリフ イギリスにいた頃、小さな村とかを転々としながら暮らしていて。年に1回、イギリスの伝統的な製造法で作られたリアルエールフェスタっていうのがあったんです。小さなブルワリーが集まって、老夫婦がやってるブルワリーもあったり。ビールといえば麦とホップだと思うんですけど、そうじゃないビールもあるんですよ。イギリスにホップが渡ってきたのが15世紀ぐらいだと記憶していますが、それまでは野草とかいろいろ混ぜてホップの代わりに使ったんですよね。今でもそういう作り方をしている方がイギリスにいらっしゃって、ビールというよりもグルートってくくりになるみたいです。沖縄で「フーチバー」(ヨモギ)という草があるんですけど、それもイギリスのグルートに使われていたらしくて。そういう話を聞くとワクワクするんですよね。
藤田 日本で例えるなら、「おばあちゃんが、家で手作りの梅酒を漬けている」という感覚でビールを作っている人たちがいるってことですかね。
クリフ 広がり具合ではそんな感じがします。
藤田 僕、実は黒ビールがすこし苦手だったんですよ。でもクリフビールの「文豪」を飲んだ時に、コンセプトも含めてとても感動しました。ワインじゃなくてビールを飲みながら小説を読みたい時も、確かにありますよね。普通のラガービールだと、時間が経つと不味くなってしまうイメージがあるけど、「文豪」は時間が経って炭酸が抜けたり、ぬるくなっても美味しく飲めるように作られている。これだと気にせず、ビールと時間を共にできるなあ、って。
クリフ そんなにキンキンに冷えてなくてもいける感じなんですよ、この「文豪」は。
藤田 あと、島唐辛子を使った「UPSET FIRE(アップセットファイヤー)」が衝撃でした。喉がカアっと辛かったんですけど、これはいろんな料理に合うだろうなあと思いました。
クリフ 合うと思います。一緒に何か食べられたんですか。
藤田 ホテルの近くのコンビニで買った6Pチーズ(笑)。「UPSET FIRE」はコザ騒動から着想を得て作られたんですよね。あ、それとも逆ですか?まずタイトルがあってビールが生まれるのか、できたビールがあって物語が生まれるのか。
クリフ 名前は後から出てくる時もあるし、ラベルの絵が最初に出てくる時もあれば、後に出てくる時もあります。「UPSET FIRE」の場合は、毎年沖縄の慰霊の日に合わせてやっている「Mabuni Peace(マブニ・ピース)プロジェクト」、美術で平和を考えるイベントがあって。その時に僕は、コザのTESIOさんというーセージ屋さんで発見された地下を使わせてもらったんです。僕だけ他の人と違う場所でやったんですけど。コザ騒動当時のいろんな記事を読んで描き起こした小さい絵を8点ほど並べて、同時に地上ではビールを売って。2刀流でやらせていただいて。
藤田 地下が発見された?
クリフ ソーセージ屋さんにとあるおじいちゃんが来て、ここにわいわい酒を飲む場所があったという話をしたんですね。
藤田 今でいう、クラブみたいな?
クリフ そうですね。その時は多分隠れてやっていたはずなんですよね。何かしらの理由で。それでもともと隠れた場所だったので、そのずいぶん後に多分、埋められたんでしょうね。
藤田 そのおじいさんは、地下に空間があることを知っていて──
クリフ 多分。それで、店主が床を崩してみると部屋があった。今でもあるんですよ。きれいにして展示ができるようになっています。
藤田 なんだろう、その話。めちゃくちゃおもしろいですね。「UPSET FIRE」はその展示のコンセプトに合わせて作ったんですか。
クリフ そうです。12月のコザ暴動があった日に展示するのは決まっていて。だいたいイメージや名前もなんとなく決まっていた感じがします。やっぱり炎なんで辛くしたいなって思って。
藤田 製造過程のどのタイミングで島唐辛子を入れるんですか。
クリフ 製法でいうと発酵がすべて終わって、熟成の段階ですね。今回はやんばるの島唐辛子を使ったんですけど、ものによって全然辛さ違ってて、同じ分量を入れてもかなり辛さが違うんですけど、今回のやつは一番辛かったです。
藤田 飲んだ瞬間、びっくりしました。こんなことになるとは。しつこいですが、喉のあたりがカアって。
クリフ 結構盛り上がりますよね、これ。
藤田 日々のルーティンの中で定番として作っているものと、そういう特別な企画があった時に作るもの、どこかとコラボレーションして作るものがあるんだと思いますが、クリフさんの中ではそれらにどういう線引きがあるのでしょうか。
クリフ 最初は自分のところだけで作れるものでスタートしてたんですが、最近はほとんどコラボに置き換わってます。自分がやりたいなって思うのがその辺なんですよね。藤田さん、「ムイヌグスージ」って飲まれましたか。
藤田 飲みました。野草をかなりふんだんにつかっているような味で。こういう味、好きなんですよね。これは「オーガニック市場てんぶす」とのコラボレーションですか?
クリフ そうですね。お話をいただいたのがそのお店で、やんばるで野菜を育てている森岡直子さんという方がいて、彼女に野草を選抜してもらい、話し合いながら6種類選びました。僕が一番最初にコラボレーションをしたのが「かなさんWHITE(ホワイト)」で、めちゃくちゃ楽しくて、これはすごくアートだなって思ってハマりました。「やんばる畑人(ハルサー)プロジェクト」に協力してもらって作ったんですが、沖縄の材料がたくさん入ってます。
藤田 「かなさんWHITE」、飲んだことないフレーバーがすごく効いていて、しかも爽やかで。上品な味ですよね。オレンジピールが効いているのかな。
クリフ オレンジピールもやんばる産。ベルジャンスタイルなんでコリアンダーシードを入れるんですけど、まさか沖縄でコリアンダーシードがとれるとは予想してなかった。
藤田 いろんな人の話を聞いていると、やんばるでとれるものの豊かさに気づかされますね。
クリフ 芳野さんという方が育てていて、僕は以前にも買ったやつを使ったことあるんですけど、やんばるのコリアンダーシードは穂からとってクラッシュした時の香りが桁違いです。
藤田 お店というか、場所を持って、営みが始まったわけですよね。そこで気づいたことはありましたか?
クリフ 僕は商売をやったのが初めてで。例えば僕がそれまでやっていたデザインでいうと、結局マーケティングの人とか、いろんな人達と一緒にやるじゃないですか。実際に物を売っている人、例えばパッケージして売上を上げようとなった時にベクトルが一方通行というか、一つの方向から売れないのはパッケージが良くないからだって思いがちだったりしたんですね。自分でビールを作って、自分の手で販売をするようになったら、一つの方向からではない方向から商品を見たり、お客さんとの接し方とかも含めて、体験したから見えてきた世界がまた違って、勉強になりました。お客さんと話すと勉強になるし、楽しいですね。
藤田 「こういうラベルが売れる」というふうに統計的に分析するよりは、お客さんと接することで「これもありじゃない」って気づくことがあった?
クリフ そうです。お客さんと話していてわかることがたくさんあって、そこから拾える感覚もある。誰が買ったかわからないような売り方はしたくないし、お客さんと顔をあわせて売ることは楽しい。そういう届け方がしたいと思っていて。小商いをずっと続けていきたいです。
藤田 今、話してくれたことにすべての答えがある気がするんですけど。例えばビールを作るとなった時に、極端に言えばお店を開かなくてもやっていけますよね。工場で美味しいビールさえ製造すれば、全国のスーパーに展開するとか。お店がなくてもやっていけそうだとも想像できるのだけど。でも、前提としてお店という空間を持つことがクリフさんの中にあったんでしょうか。
クリフ 最初はそこまで深く考えてなかったんですけど。クリフビール は「こんなところに店があるの?」っていう場所にあるんですよ。だから実際始めてみて、よくこんなとこまで来てくれるなって思って。本当にありがたいことなんですけど。年配の方がスマホも持たず、ナビもついてない車に乗ってきて、近くまで来てるって電話があったり。10回ぐらい電話でやりとりして「どうですか着きそうですか」って言ったら、「もう疲れたから帰ろうね」って帰ってしまったり。でも、そんなところにありながら、わざわざ僕のビールを買いにやってきてくれる人たちって、朝起きて「今日は一日どうしようかな」って考えながら「クリフビールに行ってみようか」って思ってくれたんだと思うんです。それってすごいことだなって。僕、最初の半年ぐらいはお店がなくてイベントとかで出店してたんですよ。それはそれですごい楽しくて、いろんな人と出会えて話できて良かったんですけど、お店構えてからの喜びって、また違うものがありますね。僕のビールを買うために来てくれたっていう喜びはとても感動的です。
藤田 誰かが「足を運ぼう」と思える特別な場所だということですよね、クリフビールは。それは、クリフさんが全部手作業で表現していることに共感しているからだし、クリフさんにしか作ることのできない独特な余白に、周りが頷いているからだと思うんですよね。クリフビールには風通しの良い“抜け”を感じるんです。
クリフ 嬉しいですね。
藤田 ビールっていいなって改めて思ったのは、やっぱりビールを飲んでいる時間ですよね。ビールを片手に、立ち止まっていることに気づいたんですよ。クリフビールのラベルに書かれている文章を読んでいても、「時間」という文字が頻繁に刻まれているんですよね。ビールを売るというのは、同時に時間を売っていることと等しいのではないかと。人は刻々と前へ進んでいくしかない時間を生きているのかもしれないけど、ビールというものは「働きすぎだよ」とか、「立ち止まってもいいよ」みたいにして、許してくれるんですよね。クリフさんはそういう、ありとあらゆる時間のことを優しく想像しながら作っている気がします。
クリフ 僕はよくお客さんにどうやって飲むか聞くんですよね。例えば4本買った方に、「今日の夕飯は何ですか。2人で飲まれるんですか」とか。大きなグラウラーを持っていたら「パーティですか」って聞いちゃうんですね。みなさん、ちゃんと教えてくれて「今日は友だちのタトゥーのお店がオープンするから、みんなで飲むんです」とか。それを聞いてその様子を想像して楽しくなっちゃう。
藤田 楽しいですね。いいなあ、それ。
クリフ 昨日来ていた方はお母さんと娘さんで、いっぱい買っていかれるので「これどうするんですか」って聞いたら、「お母さんと旦那がすごくビール好きで、いつも喧嘩して飲んでるんです。この前もお風呂に入っている間に全部なくなって、『なんで私の分を残してくれないの』って喧嘩になっちゃって」って。そういう話を聞くのがめちゃくちゃ楽しくて。そこに自分が関わってるっていう事実が楽しい。
藤田 関わってるんですよね、ビールを買ってくれた人たちの日常に。クリフさんが発酵させて作ったビールがクリフさんの手から離れて、知らない誰かの時間に流れ着いていくわけですよね。それが面白いですね。自分の作ったものが、やがて喧嘩の種になったり(笑)。
クリフ そうなんです。そういうところがすごく面白いです。
藤田 でも、ずーっとビールを作っていて嫌になることはないんですか。
クリフ 嫌にはならないですね。疲れていたら辛いこともあるけど、でも一瞬ですね。発酵しているのを見るのはやっぱり楽しいし。作る時に立ち込めるスパイス感とかはそれだけで幸せになれるし。肉体的には結構、限界がきていても。最初の頃、一人で作っていた時はさすがにもう灰みたいになってましたけど。
藤田 それは、やばい(笑)。本当にぜんぶ手作業ですもんね。一人の身体でやっていることだとは思えないですよ。すごい。あと、クリフさんはサステナブルグラスも作っていますよね。やっぱり環境にまつわることや、製造した後にどう循環させていくかということを──
クリフ 考えますね。ビール粕などを産業廃棄物として出すと、僕くらいの規模でもかなりの量出るんです。だから畑に戻したり、ニワトリのエサにしたり、お菓子を作ったり。
藤田 サステナブルグラスもその一環で生まれたわけですよね。あれは買いたいなって思いました。
クリフ すごくいいんですよ。瓶を全部溶かして、もう一度成形して作るんですけど、瓶の記憶的な感じなんですよね。これにクリフビールを入れて飲むとなんかおいしいんですよ。
藤田 いいですね。記憶と一緒に飲む、みたいな。
宮城クリフ(みやぎくりふ)
大学卒業後にデザインの仕事に携わり、29歳で現代アートを学ぶためにイギリスの芸術大学へ進学。ロンドンで7年暮らした後、イギリス南西部のウェールズへ移り住み、イギリスの伝統的な製造法で作られた「リアルエール」と呼ばれるビールに出会う。帰国後、東京のブルワリーで研修し、故郷の沖縄でビールの製造工房および販売を行うクリフビールをオープン。
Cliff Beer
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