Dialogue2

vol.1 -前半- 岡本尚文(宣伝写真)×川名潤(宣伝美術)×藤田貴大
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『Light house』関係者鼎談
『Light house』関係者鼎談
聞き手・構成: 橋本倫史


小金沢健人(環境演出)×東岳志(サウンドスケープ・音響)×藤田貴大

『Light house』関係者鼎談 vol.1 -前半-
聞き手・構成: 橋本倫史

岡本尚文(宣伝写真)×川名潤(宣伝美術)×藤田貴大

──今回、新作『Light house』の特設サイトで、作品に携わっている皆さんの鼎談を収録していくことになりました。この鼎談シリーズを通じて、皆さんが普段の活動を通じて、あるいは今回の作品の中でどんなことを考えているのか、語っていただけたらと思っています。その第一弾が、宣伝美術を手がける川名潤さんと、宣伝写真を手掛けられた岡本尚文さんとの鼎談です。まず、今回の鼎談シリーズの1本目を、宣伝のビジュアルを手掛けられたお二人と話したいと思ったのはなぜですか?

藤田 僕としては特別なことだと思ってないんですけど、僕の演劇のつくりかたは「最初に台本がある」ところから始まってないんです。台本自体をリハーサルで立ち上げていくので、リハーサル初日に台本は1ページもなくて、あるのは宣伝ビジュアルだけなんですよね。だから、まず最初にビジュアルをどうするかってところから考えるんです。観客へ向けてどういうビジュアルが開示されて、どういうイメージをもってリハーサルに入るか──映画だと出来上がった作品があって、それがデザイナーに届いてフライヤーになるんだと思うけど、演劇は逆で公演が始まるまでわからないことが多い。衣装すら決まってないから、よくある宣伝美術としては、布をまとってる役者が立っているとか──。

川名 シンプルに白いシャツとか、肩から上は裸とかね。

藤田 それって重大な嘘をついている気がするから、衣装もそうだけど舞台自体が出来てないなら出来てないで、無理をしなくていい。だったら尚更「ビジュアルとしても素晴らしくて、それが創作にも繋がるような宣伝美術がいいよね」ってことを始点に据えて、今回の作品に限らずいつも取り組んでるんだけど。やっぱりここがスタートだなと思って。

──作品の一歩目を立ち上げていくときに、川名さんと岡本さんにお声がけされたきっかけは何ですか?

藤田 なはーとの制作の平岡あみさんのおうちが民宿をやっていて、「そこに素敵な縁側があるから」と言われて、去年の6月に見に行ったんです。そしたら、岡本さんの写真集『沖縄01外人住宅 OFF BASE U.S. FAMILY HOUSING』が、良い感じにこう、面出しで飾られてて。「これ、めっちゃ格好良いね」と言ってたら──そのおうちには今回出演するルーシー(鳥井由美子)も住んでいるんだけど──ルーシーもリビングに降りてきて、「岡本さん、今ちょうどアンテルームで展示してるよ」と。それで、そのとき一緒にいた青柳いづみと一緒に、タクシーでアンテルームに行ったんです。その展示もめちゃくちゃ格好良かったんだけど、そこに岡本さんもいたのに──。

岡本 そうそう、いたんですよね。写真集を大人買い(笑)してくれたから、声をかけたんですよ。特に外人住宅の写真集は高いから、申し訳ない気持ちになって、普段から買ってくれた方に「何か聞きたいことがあれば」って声をかけていたんです。そのとき、青柳さんとは話したんだけど、もうひとり、目を合わせてくれない男性がそこにいて(笑)

藤田 そのあと、「なんなの?」って、青柳にめちゃくちゃ怒られました。でも、「いや、なんなのとかじゃないんだよ」って(笑)。めちゃくちゃ感動してるから、べらべら話すとかじゃないんだよっていう。

川名 いや、その気持ちはわかります。

岡本 そこで軽く話しちゃうのも、ないような気がするもんね。

藤田 すみません。ただの無礼な話だ。

「灯台」を見立てていく

「Light house」沖縄公演チラシ

──川名さんは、今日マチ子さんひめゆり学徒隊に着想を得て描いた漫画『cocoon』のデザインを手掛けられていて、マームとジプシーが『cocoon』を舞台化するときにも宣伝美術を手掛けられています。今回、なはーとで上演する新作の宣伝美術を川名さんにお願いしようと決めたのはいつ頃だったんですか?

藤田 僕の中ではもう、2年前から決まっていたんです。2020年の夏に『cocoon』を“再演”することになっていて、川名さんと久々に作業できると思っていたのに、2年間の延期が決まって。そんな中で、なはーとでの新作のことも進めていかなきゃいけないってなったときに、「沖縄のことは川名さんと話せるから、宣伝美術を頼みたい」って話を制作には伝えていて。それで、去年の夏に岡本さんに会いに行って、川名さんとも話し合ったんですよね。

川名 僕のところに連絡をいただいたときにはもう、岡本さんが撮った写真は見せてもらっていましたね。

岡本 最初に連絡をもらったときに、水納島の話が出たんですよ。「水納島の灯台を撮れないか」って話だったんだけど、海って毎日表情が違うから、日にちを決めて行った日がいいかどうか、まったくわからないんですよね。それで渡したのが、いま新基地建設で埋め立てが進んでいる辺野古の海の写真なんです。

──この写真は、依頼がある以前に撮影されていた写真だったんですか?

岡本 そうですね。ちょうど10年ぐらい前に沖縄で外人住宅の写真展をやったんです。その時に観に来てくれて付き合いが始まった写真仲間がいて、仲間って言っても一回りも上の方なんですが、ときどき会ってお茶していたんです。以前はダイビングショップをやっていて、船の運転も出来る人なんだけど、その人が辺野古の埋め立て反対の抗議船に誘われて、忙しくなってお茶が飲めなくなったんですよ。それで「じゃあ僕も一回乗せてくれませんか」ってお願いして、乗せてもらったんです。現場で僕自身は何もできないんだけど、カメラを持ってることには意味があって、ようするに海保があんまり酷いことができなくなる。

藤田 カメラを持っている人がいるからってことですよね?

岡本 うん。ただ、海保と抗議船も常にぶつかったりしてるわけじゃないから、船長は「ちょっとゆんたくしよう」って、こういう島に船を停めて、泳いだりするわけ。そこに月に1回、結果的に2年にわたって、通うようになったんだけど、そのあいまに海の写真を撮るようになったんです。やっぱり、争っているところの写真を撮っても、それは説明のための写真になってしまうような気がしたから、埋め立てられつつある大浦湾の海の表情を撮っていたんですね。その写真が撮りたまっていて、「いつかまとめたいな」と思っていたんだけど、その中から灯台のイメージに合うようなものを取り出して、渋谷の喫茶店で打ち合わせしたときに持って行った感じですね。

藤田 川名さんはちょうど、橋本さんの「水納島再訪」が載った『群像』(2021年8-10月号)の装丁をね。

川名 そう、『群像』をやっているので、橋本さんの文章は読んでいて。それに、藤田さんから『Light house』のプロットを読ませてもらって、そこにも水納島の話が出てくるから、「可能であれば、水納島の灯台を撮ってもらおうか」って話になったんです。そのあとに辺野古の写真をいただいて──それまでは水納島ってことにとらわれてたんですけど、この写真を見たときに、藤田さんが昔言ってた話を思い出したんです。北海道にいた頃、「海の向こうが逃げ道だ」と思っていた、っていう。この写真だと、逃げ道の先に灯台があるから、ちょっと示唆的だなと思ったんです。

──川名さんが沖縄とかかわるきっかけとなったのは、『cocoon』のデザインを手掛けられたことだったんですか?

川名 そうですね。それと、2015年あたりから個人的に社会運動みたいなものに片足をつっこんでるんですよね。2018年の沖縄県知事選挙で玉城デニーさんの広報物を作ったり、辺野古新基地建設の賛否を問う県民投票にデザインで関わったりしてるんです。だから、沖縄の話となると頭の中では当然辺野古の話になってくるし、藤田さんの作品も広くは沖縄の話になるだろうから、岡本さんのこの写真はいろいろな意味でシンボリックだなと思いました。

藤田 僕はこの10年、喜屋武岬(沖縄本島の南端に位置し、沖縄戦の際には多くの人が命を落とした)の灯台にずっと足を運んでいて、その灯台が僕の中では沖縄の灯台だったんですけど、岡本さんの写真を観たときに、灯台って意味をもうちょっと違うもので見立てていくのも面白いなと思ったんです。メインビジュアルの写真に写っているのも、灯台じゃなくてポールなんだけど、これが僕らにとっての灯台だって見立てていくのは、演劇的にはすごく通ってる話だなと思ったんです。

引きのまなざしと寄りのまなざし

──藤田さんがご覧になったアンテルームでの展示というのは、会期の前半、「俯瞰 All Along the Watchtower」と題した展示でした。その展示を見て、面識もないところから「この人にお願いしたい」と思ったのは何が大きかったんでしょう?

「俯瞰 All Along the Watchtower」 撮影・岡本尚文

藤田 岡本さんの写真を見たときに、僕が最近演劇でやろうとしてるまなざしに近い感じがしたんですよね。外人住宅を撮るにしても、たとえばそこに外国人が立っているポートレイトを撮ると、今の沖縄の姿をバンっと説明できるのかもしれないんだけど、岡本さんの写真はちょっと俯瞰の目がある。住宅があって、路地があって、その手前から撮っている。そのアングルの決め方がシンプルに格好良いなと思ったんです。僕の最近の作品も、役者の歩行の姿を路地のこっち側から見せるってアングルが多かったんだけど、それに近い気がして。徹底的に路地の向こう側の視点って感じがしたんですよね。

岡本 それはまさしくその通りで、まなざしって非常に危ういところがあって、これは藤田さんが沖縄で演劇をやるときの問題とも共通してると思うんですね。僕が沖縄に初めて行ったのは1979年、高校3年の時なんですよ。それからずっと行き来しているんだけど、長く関わっても沖縄にとっては自分は他者なんです。沖縄に対しては、徹底して他者である。だからそこからスタートするしかないんだけれど、他者である内地の人間が沖縄を見たときに、何か見えるものがあるかもしれない。これは沖縄に限らず、東京に居ても、居続けることで見えなくなるものがあると思うんですね。常に行ったり来たりして、リセットされることで、他者として沖縄を見ることができる。そこに自覚的でありながら、写真をやっていこう、と。人を撮らないわけじゃないんだけど、人を撮るにしても、ぐっと寄っていくようなことではなくて。藤田さんの作品をこのあいだ初めて観たんだけど、客観的に物事が進んでいって、人が死んでも一定の距離感はある。そこは藤田さんが僕の写真に対して思ったようなものを、僕もやっぱり感じましたね。

藤田 その一方で、岡本さんの仕事で言うと、『沖縄島建築』や『沖縄島料理』のシリーズもありますよね。料理に関わるってことは、人の身体の中に入っていくものに関わることでもあって。僕もやっぱり、沖縄に行くときは「俯瞰しよう」とは思ってなくて、この料理は美味しそうだなとか、この人のことを聞きたいなとかって考えてるんだけど、その瞬間に「自分はここに住んでいる人ではないな」ってことに行き当たるというか。その、寄りと引きがずっとある感じが、岡本さんの写真を見て感じたことでもあるんです。

川名 内地の人間からすると、状況が否応なく引きであるという前提がありますよね。どこまで行っても引きなんだけど、なにかに近寄ろうとする行動そのものが、ここに暮らしている人にとっては異物に見えるかもしれない。岡本さんの写真集の中に、石垣と家とが写っている写真があって、それは別に、家を撮ろうとしているように見えなかったんです。外国人住宅がある状況そのものも異物であって、否応なく状況が残酷であるってことが前提にある物の見方を、藤田さんも岡本さんもしてるんじゃないかと思いましたね。

岡本 たとえば写真集を出したり写真展をやったりするときには、僕の写真からまた違ったイメージが生まれてくるものを出したいと思っています。写真と、テキストですね。それは写真の解説じゃなくて、僕の写真から離れてしまってもいいから、写真に写っている出来事やテーマみたいなものに対して、テキストを書いて欲しいと思っているんです。写真とテキストがぶつかりあって生まれるものがあるんじゃないかということで、『沖縄02 アメリカの夜 A NIGHT IN AMERICA』という写真集のときには、岸政彦さんにテキストを頼みました。物事のイメージを広げるってことが僕にとってひとつのテーマだったんです。もうひとつのテーマは、戦争という不幸な形でアメリカと出会ってしまった沖縄の戦後の中で、どういうことがおきたのかを記録していきたいということ。

──それが『沖縄島建築』や『沖縄島料理』につながっていく、と。

岡本 そうなんです。それまでは物からバーッと離れていくことをやっていたんだけど、今度は建物の中にまで入って、中に住んでいる人や、料理を作っている人にまで話を聞きにいく。写真的にはちょっとクールなスタンスでやりたいなと思ってたんだけど、これは自分の中では精一杯寄ってる感じなんですよね。

─────後半へ続く

岡本尚文(おかもと・なおぶみ)

1962年東京都出身。和光大学人文学部芸術学科、東京綜合写真専門学校第2学科卒業。90年よりエディトリアルを中心にフリーランスとしてファッション撮影を担当。79年以来東京と沖縄を往復しながら活動。2008年に写真集『沖縄01 外人住宅 OFF BASE U.S. FAMILY HOUSING』発行。16年には“沖縄の夜の姿”をとらえた 2冊目の写真集『沖縄02 アメリカの夜 A Night in America』発行。19年12月刊行の『沖縄島建築 建物と暮らしの記録と記憶』ではディレクション・写真を担当。21年4月ホテルアンテルーム沖縄「Gallery 9.5 NAHA」に於いて『岡本尚文 写真展』開催。同年10月監修・撮影を担当した『沖縄島料理 食と暮らしの記録と記憶』を発行。http://www.okamotonaobumi.com/

川名潤(かわな・じゅん)

装丁家。1976年千葉県生まれ。2017年川名潤装丁事務所を設立。文芸、漫画の装丁やエディトリアルデザインを中心に活動。