Interview

vol.4 <small>2022年4月24日更新</small>
藤田貴大インタビュー

Interview

「沖縄を描くこと」
聞き手・構成:橋本倫史(全6回)

藤田貴大インタビュー
聞き手・構成: 橋本倫史


「沖縄を描くこと」

『沖縄を描くこと』 vol.4
聞き手・構成: 橋本倫史

2022年4月24日更新

沖縄から得たモチーフで新作『Light house』を描くことを通して、演劇作家・藤田貴大が感じたことを聞くインタビューシリーズ。まずは、本作を描くにいたるまでの、沖縄との出会いや『cocoon』(2013年初演/今日マチ子原作)を通じて起こった出来事などを振り返って話してもらいました。

(全6回を予定 /4月17日収録)


――『Light house』が沖縄と東京で上演されて、1ヶ月半が経とうとしています。まずは沖縄での初演から振り返って伺いたいと思うんですけど、沖縄で初日を迎えるぎりぎりまで制作が続いていたと伺いました。

藤田 沖縄に渡航する前の稽古も、不安定といえば不安定で。1月に入って、沖縄の感染者数が1000人を超えて。そうなってくると、上演できるかできないかってところに立たされることになって、僕だけじゃなくて皆が不安定になってきて。正直、ぎりぎりまでやれるかどうかわかんなかったから、公演初日にチューニングを合わせるのが大変だったなって記憶があります。

撮影:岡本尚文

――沖縄入りするタイミングも、当初の予定より遅らせることになったんですよね?

藤田 対面でやる予定だったワークショップも、オンラインでやることにして、予定より1週間近く遅く沖縄に行って準備を初めて。率直に言って、結構厳しい制作環境だったとは思うんですけど、今になって振り返ると赤間さん(ヘアメイクを担当した赤間直幸さん)の存在が頼もしくて。赤間さんは僕らが入る前から北部のビーチを巡って、流木とかを拾って舞台の終盤に使うヘッドピースを製作し始めて。「こんな流木がとれました」とかって写真を送ってきてくれるのが、心の綱になってた気がします。あと、サラが自分で料理ができるように、あっこさんから森下スタジオに野菜が届いたりするのもよかったですね。

――サラさんは森下スタジオのレジデンス施設に滞在してたから、自分で料理できるようにと、お母さんであるあっこさんが食材を送ってくれていたわけですね。こういう状況になったことで、東京からどこかの都市に出かけて演劇作品を発表することも、昔とは違うアプローチをとらざるを得なくなったところもあるんじゃないかと思うんです。

藤田 新型コロナウイルスがなかった時代でも、できる限り役者とスタッフ皆で同じ宿に泊まって、キッチン付の施設で過ごすのが理想的ではあったんです。でも、おっしゃる通り、リスクを減らすためにもできるだけ劇場と宿の往復だけにして、宿で料理して、皆で一緒に食事をとるようになって。だからといって宿でどんちゃん騒ぎをしているわけではなくて――お酒を飲んではいるんだけど――宿でもマスクをつけながら過ごして、粛々と料理を作って。その時間は楽しかったですね。

――沖縄に入ってから、皆で共同生活を送っていたわけですね。サラさんが登場する鼎談の中では、サラさんが料理をしている姿を目にしたときに、キャスティングしようと思ったという話もありましたね。『Light house』では、客席が開場した段階でサラさんはもう舞台上で調理をしていて、作品の冒頭も20分くらいかけて食卓の風景を描いていて、料理をすること、食卓を囲むことがひとつ鍵となっている作品だなと思いました。

藤田 僕らが那覇で泊まっていたのはかなり大きい一軒家だったんですけど、そこには大きなダイニングテーブルがあって――あそこで生活できたのもよかったなと思うんですよね。そこで過ごしていると、青柳と山本が本当に姉弟に見えてきて、台詞と普段の会話が濁ってきちゃうんですよね。たとえば『てんとてんを、むすぶせん。からなる、立体。 そのなかに、つまっている、いくつもの。 ことなった、世界。および、ひかりについて。』の場合、役者が演じるのは友達って設定のキャラクターだから、どこの宿にいても一線引かれている気がするんです。でも、『Light house』は東京で稽古しているあいだ食卓のシーンを描き続けていたからかもしれないんだけど、青柳と山本とエリーの距離感がどんどん縮まって。姉が弟のことをちょっとくさす感じで話したり、それを従兄弟が「まあまあ」って制したり。「ちょっとこれ、作品の中で使いたいな」ってテキストが生活の中にもあって、面白かったですね。

沖縄を描くこと、食卓を描くこと

写真:岡本尚文

――沖縄をモチーフに描く作品で、食卓を扱うときって、いろんな食卓を描きうると思うんですね。琉球王朝時代からの伝統的な食もあれば、庶民の食もあるし、戦後にアメリカから入ってきた食文化もあって。そこで「沖縄のグルメってこういうのがありますよね」っていう、あるあるを散りばめた作品を作るのか、あるいはそうじゃないものを提示するのか、態度が問われるところもあったんじゃないかと思うんです。

藤田 ほんとにその通りで、たとえば「ちゃんぷるー」って言葉って、食だけじゃないことも指すわけじゃないですか。でも、そういうことを知らない東京の人でも、「ゴーヤーちゃんぷるーって美味しいよね、沖縄の人たちは皆食べてるんでしょう?」みたいな感じで、一言で言っちゃうと思うんです。でも、「そりゃ皆食べてるだろうけど、それってあなたたちが食べてきた炒め物と同じような存在でしかないと思いますよ」ってことを考えてしまう。たとえば食卓にゴーヤーちゃんぷるーを登場させると、その固有名詞だけが浮いて聞こえてしまうと思うんです。

――その固有名詞に、書き手は沖縄らしさを象徴させようとしているわけですよね。

藤田 たとえポジティブな意味で使っているんだとしても――というかポジティブな意味で使えば使うほど――それを描いている人の生活と、沖縄の生活のあいだに線が引かれていく。そこにどれだけ自覚がありますかってことなんです。あっこさんのおうちの食卓でも、わかりやすく沖縄らしい料理が出てきたとかはないんですよね。ただ、隅っこに黒糖が置かれていて、ああ、黒糖かと思って食べると、すごく目が覚めたり。だから、僕の中では、「隣の家のごはんが微妙に違ったりするぐらいのことだよね」って距離感で食卓を描きたかったんです。

――その距離感というのは、「おなじよしみちゃんのごはんを食べていたはずじゃん、、、、、、?」という印象深い言葉にもつながっている気がします。

藤田 その台詞は、自分が書いた台詞だとしても、結構いいなと思うんですよね。そもそも人って、食べて排泄するみたいなところは変わらないわけで、そこにラインも何もないのに、ラインを引いたように語らないで欲しいって思いが、その一言には詰まっているというか。「同じ民族」だとか、「同じ血が流れてる」みたいな極端なことを言ってるわけでもなくて、「同じ釜の飯を」みたいな体育会系なことを言いたいわけでもなくて。同じごはんを食べていたり、同じ風土の土地に暮らしていても、やっぱり考えが違ってきたり、家ごとに主義主張も変わってきたりする。それって切ないなと思う一方で、でも、人ってそうだよなとも思ったり。「おなじよしみちゃんのごはんを食べていたはずじゃん、、、、、、?」って一言にも、僕は普遍性を与えたかったって気持ちがあります。

――『cocoon』の初演に先駆けて、藤田さんが初めて沖縄を訪れたのが2012年のことで、10年の歳月を経て今回の『Light house』に至っています。最初に沖縄を旅したときはやっぱり、「沖縄そば、うま!」とか、「ゆし豆腐ってのがあるんだ!」とか、そういう最初のインパクトはあったんじゃないかと思うんです。そこから、沖縄を特別視するのではなく、「隣の家のごはんが微妙に違ったりするぐらいのことだよね」って距離感に至ったのは、どういう変化があったんでしょう?

藤田 この意識って、変わったとかってことじゃないと思うんですよね。『cocoon』の初演のときにも、沖縄の人たちを特別視するような言葉は絶対に使わないようにしようと思っていたんです。沖縄県外の人間が沖縄を描くときに、いきなり三線の音が聴こえてくるとか、そういう無自覚な演出は排除して――それは今でもナシにしてるけど、あの当時は今より全然ナシにしてたんです。だから沖縄に行ったとき、沖縄的なものに触れることも重要で。沖縄的なものを知ることで、それを描かないほうが違う場所に住んでいる人たちにも届くかもしれないし、沖縄戦を描いているようで沖縄戦じゃない戦争のことにも手を伸ばせるかもしれない。違う解釈をできるように、沖縄的なものは描かないっていうことを、26歳ぐらいの僕はかなり突き詰めていた気がします。

――あれから10年近く経って、変わったところもある?

藤田 今も変わらない気持ちもあるんですけど、「やっぱりそれは厳密過ぎるよ」と思う部分もあって。「それはわかるけど、シークヮーサーを泡盛にちょっと入れて飲むとうまいじゃん」って(笑)。でも、シークヮーサーを東京に持って帰って、それで泡盛を飲んでみても、沖縄で飲んだときほどおいしいとは思えない不思議もあって。その不思議に、その土地に足を運ぶ意味があるんだと思うんですけど。そういうことを踏まえた上で、今回は『cocoon』よりも沖縄の話にしたかったんですよね。だから食卓のシーンでも、最初は「ここ、東京と変わんなくない?」ってところから始まるんだけど、徐々に「アーサ」とか「フーチバー」とかって言葉を入れて、徐々に沖縄でしかありえない固有名詞が聴こえてくる。そうやって食卓を描いたところから、やんばるや水納島に足を運び出すって展開を作りたかったんですよね。