Dialogue1

vol.3 下地久美子(桜坂劇場 支配人)×藤田貴大
おきなわいちば  presents対談シリーズ

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おきなわいちば presents対談シリーズ
「沖縄での営みをめぐる」
おきなわいちば presents
対談シリーズ


「沖縄での営みをめぐる」

おきなわいちば presents対談シリーズ
「沖縄での営みをめぐる」vol.3

下地久美子(桜坂劇場 支配人)×藤田貴大

藤田 マームとジプシーは2015年に桜坂劇場のホールCで『まえのひ』の上演をしています。最近では、2019年にてんぶす那覇のホールで『めにみえない みみにしたい』を公演した時も、近くにある桜坂劇場に毎日遊びに行っていました。

下地 ありがとうございます。カフェとかですか?

藤田 カフェもよく行くんですが、劇場自体のファンです。僕は、固定された一つの場を持つことはせずに、作品を持ってツアーして、いろんな土地へと足を運ぶということをしています。このイメージは“マームとジプシー”という名前で活動し始めた当初からあったんです。お伺いしたいのが、劇場という場所を持って維持させていくというのは、どういうことなんでしょうか?

下地 大変ですよ(笑)。運営に公的資金が入っていない劇場が日本ではほとんどだと思うので、お客様がいらっしゃらない、イコール、必要とされていない、イコール解散、っていうのが劇場の現実ですから、なかなか厳しいです。うちは陶器を売ったりカフェをやったりいろいろやっていて、それも含めて続けていられるのかなとは思います。桜坂劇場は、もともとは芝居小屋だったんです。でも、やっぱり演劇って生身の人間がたくさん出演なさっていて、それが魅力だけど、だからこそ演目を変えるのも、同じ演目を続けていくことも、大変な労力と資金が必要だと思います。映画はヒット作を上映し続けることも、上映作品を変更することもそんなに難しくないのでその点では、小屋として続けるにはお芝居よりは向いているのかもしれないですね。

藤田 戦後、沖縄には芝居小屋、つまり劇場がいろんな場所に建っていったんですよね。

下地 たくさんあったと聞いています。

藤田 どこかのタイミングで芝居小屋から映画館にシフトしていったってことですか。

下地 映画館にシフトしたのは早かったんじゃないかなと思います。劇団の人たちは藤田さんたちみたいに沖縄中のいろんな小屋(劇場)を回っていたそうです。沖縄中を回って、離島にも行って、劇場はそういう劇団を受け入れながら映画も上映したり、映画と芝居がコラボしたり、というようなこともしていたそうです。

藤田 コラボをしていた?

下地 大先輩からそんな風にお聞きしました。

藤田 そうなんですね。桜坂劇場は2005年に一度、閉館したんですよね?

下地 はい。その時は別の会社が運営していました。2005年4月でその会社が映画事業から撤退することが決まってしまって。設備自体はまだまだ新しかったので、居抜きで入らないかと、今の桜坂劇場の代表の中江*に声がかかり、中江が仲間を集めてクランクという会社を立ち上げ、クランクが今の桜坂劇場を運営しています。

藤田 下地さんは沖縄を出て、東京で生活していたこともあるわけだけど、沖縄を出るときはいつか帰ってこようと思っていたんですか?

下地 沖縄から出るとき、「いずれ帰ってくるんだけどね」って思いながら出ていくうちなーんちゅは多いんじゃないかな。境遇とか状況によっても違うと思いますが、沖縄を一度離れても帰ってくるつもりの人は多いと思います。

藤田 東京にいたときは映画のお仕事をされていたんですか?

下地 全くしていないです。

藤田 そうなんですね。下地さんが桜坂劇場に入社したときはカフェとか2階のやちむんのコーナーは──

下地 カフェはありました。最初から。ふくら舎も1階にありました。でも、沖縄クラフトを扱うようになったのは、2階の場所を間借りしてくださっていたレコード屋さんが撤退したタイミングです。空いたスペースで、何か面白いことはできないか!?とみんなで考えて今に至ります。

藤田 外観からは中に3つのスクリーンが入っているように見えないですよね。行くたびに上映作品のラインナップが素晴らしいと思うのですが、どの作品を上映するかどうかで直接的に売上げに関わってくることになりますよね。あの絶妙なセレクトって、どこからきているんでしょう。

下地 映画の愛し方が独特だと思います。なるべく広い目で映画っていうものを見て、「映画」についてくるお客様を想像しながらラインナップを決めていく感じです。

藤田 メッセージ性の強いものばかりが並びすぎてしまうと、ただ“難しそう”というふうな先入観を持たれてしまう可能性もあるからバランス感覚が必要になってきますよね。沖縄にまつわる政治の問題を扱ったドキュメンタリーもあれば、同時にいわゆる“流行っている”作品が上映されていたりして。良い意味でラインナップが幅広いなあ、と。

下地 優先するのは、その作品を「見たい」と思っているであろうお客様の絶対数が多い作品です。それから、お客様の絶対数は多くないかもしれないけれど、確実に見たい方はいらっしゃるだろう、という作品を幅広いジャンルでとにかくたくさんやること。そのことで、「この劇場は私が見たいものをいつも見せてくれる」ってお客様に思っていただけるようなラインナップになっていけばいいなと思っています。

藤田 それってとても大切なことだと思うんですよね。沖縄における政治や戦争、基地問題や歴史に関わることって、もちろん常に考えている人もいるけど、そうではない人もいますよね。そういう題材の作品をいつも観たい人もいれば、年に何度かそういうものに触れて、あとはその余韻の中で日々を過ごしていく人もいる。ラインナップに偏りがありすぎてしまうと、たくさんの人が集まる場としてのバランスが取れなくなってくる気がする。

下地 東京みたいに人口が多ければ劇場ごとにカラーを作って、お客様がそれを選んでいくという方法を取れるかもしれないですが、沖縄は人口も少ないので、なかなかそうはいかないんです。なので、カラーがあるとしたら、「東京のミニシアターが桜坂劇場一箇所に全部集まってる」というようなイメージですかね。

藤田 東京で生活する人たちの中で、演劇を観ることが習慣としてあるという人は、だいたい1万人くらいだと思うんですよね。それ以上の人数が劇場まで足を運ぶことを望むなら、やっぱりアプローチを変えていかなくちゃいけなくて。俳優のキャスティングをどうにかしても難しいと思うから、他ジャンルの作家と組んでみるとか、ファッションデザイナーに衣装を担当してもらうとか。まずは演劇を普段観ない人たちが「なんかわからないけど面白いかも」と思える仕掛けが必要ですよね。それで演劇に新しく出会った人が「いつも何か面白いことをやっている」みたいになってくれたら、徐々に劇場まで足を運んでくれる人が増えると思うんですよ。

下地 そうですね。

藤田 具体的な話になってしまいますが、桜坂劇場はどれくらいの人たちが顧客になっているのですか。

下地 年間の延べだと20万人くらいだと思います。映画のアプローチだけでなく、カフェやショップ、桜坂市民大学っていうワークショップやライブイベントをやることで、それぞれの目的でいらっしゃった方々が、「映画も上映しているんだ」「カフェもあったんだ」っていう風に広がっていくことを目指しています。

藤田 桜坂劇場に行くといつも思うのですが、劇場の従業員は若い人が多いですよね。とてもよい雰囲気を感じるんですよ。

下地 多くの出会いと別れを繰り返してきた中で、4年ほど前に、続けられる人と働くためには、自分たちの理念を話して理念に賛成しますって言ってくれた若い人たちに、1から劇場の仕事を覚えていってもらうことが一番お互いにとっていいんじゃないかって、社内の方針が変わりまして、進んで新卒者の採用をするようになりました。現在、入社4年目の20代のスタッフが、映画の編成をするようになってきたりと、着実に成長し、力を発揮し始めています。彼らが経験を重ね、若くなくなった時に、今より更にいい会社になって、沖縄に貢献できていたらいいなと思っています。

藤田 最初は全然ノウハウがないメンバーで始めた、と過去の下地さんのインタビュー記事で読んだのですが、下地さんが入った当時は──

下地 上司のほとんどが、フリーで働いてきた人たちの集まりだったので、よくも悪くも会社らしさはなかったです。会社が常に混乱していました。少しずつ、必要なシステムを導入したり、ルール作りをしたりして、会社っぽく形を整えてきましたが、今も、会社らしくない会社だとは思います。

藤田 そうなんですね。どうやって映画館まで足を運んでくれる人たちを獲得していったのかなあ、って。

下地 お客様の中には劇場の名前や、運営会社が変わったことを知らない方もいっぱいいらっしゃると思うのですが、とにかくここが「娯楽」の場所という認識は、多くの沖縄の人たちの心に染み付いているんだと感じます。桜坂劇場を初めて、1年目には会員様が一万人に達したのも「娯楽」の場所をお客様ごと受けつがせていただけたからだと思っています。その会員様向けに会報誌を、もともとは毎月、今は2ヶ月に1冊作ってファンクラブの会員様全員に送ることを続けています。

一方で、桜坂劇場は、高校生以下の若いお客様が少ない、という切実な問題がございまして…。入りづらい雰囲気なのかな、などと、高校生に相談したところ「観たい映画があれば行く」と、ビシッと言われてしまいまして…。そういう若い世代に、どう興味を持ってもらうかということは、かなり大きな課題です。

藤田 下地さんにぜひお聞きしたかったのが、桜坂劇場周辺の街の雰囲気はここ数年でだいぶ変わりましたよね。行くたびにあの辺を歩くのですが、かなりそう感じていて。そんな中、桜坂劇場はどう変化していくのでしょうか。

下地 街が変わるから、劇場が変わる、ということは無いと思うのですが、お客様の変化には敏感に反応していきたいと思っています。そして、できることならば地域に良い影響を及ぼしていきたいと思っています。映画館があるとその場所に人が集まることになるので、人が流れるってみなさん言ってくれます。だから、そういう流れを作らなきゃいけないなといつも思っています。

藤田 確かに。街の中に「映画館」というポイントがあるというのは、公設市場にただ買い物に来た人たちの流れとは別の流れを生んでいるはずですよね。流れもそうだけど、過ごす時間の独特さも。

下地 そうなるといいな、と思ってやらせていただいています。

藤田 映画を観るというのは1時間なり2時間、その場所に立ち止まるということでもある気がするんです。スクリーンを前に佇む時間。あと、良い作品に出会うと観終えたあとに不思議と購買意欲が湧きますよね。妙にお腹が空いて、何か食べたくもなる時もある。

下地 観てすぐは帰りたくないですよね。誰かと喋りたい。

藤田 もしくは一人になりたかったりもするけど。上映作品のラインナップを考えていくなかで、この監督の作品は必ず次回作も上映しようとかいう話し合いはあるんですか? 同じ映画監督の作品の上映を続けていくというのは僕は面白いと思うし、映画って結構、監督が誰なのかで観ることを選びませんか。

下地 難しいですよね。もちろん上映し続けたいですし、こういったらおこがましいですが、成長を追いかけていきたい、という思いは強くあります。ただ、みなさん有名になられて手が届かないところへ行っちゃうっていうか…。もちろんそれは喜ばしいことでもあるんですけど、「パラサイト」のポン・ジュノ監督も、すっかりビッグになってしまって。「パラサイト」は、公開当初、うちで上映できず、シネコンへ見に行きましたから。ただ、シネコンスタッフよりも、ポン・ジュノ監督のことは知ってるもん!という勝手な自我が顔を出したりして、ポン・ジュノの名作は実は「パラサイト」じゃない。絶対「母なる証明」が最高だよって言いながら過去作の特集上映をしたりして、ささやかに抵抗しています。

藤田 ああ、僕も「母なる証明」だと思うんですよね。「殺人の追憶」よりも、僕は「母なる証明」に震えました。

下地 やっぱりそうですよね!ちょっとずつ映画ファンを増やしていかないといけないっていう勝手な使命感から、会報誌の下に「母なる証明」がいかに素晴らしいか、という対談を小さく載せたりとかして。誰にも相手にされない戦いをしたりしたこともあります。

藤田 会報誌に毎回対談をつけているってことですか。

下地 必ずしも対談じゃないですけど、映画の情報を紹介するだけだったらホームページをみていただければいいので、紙面上では色々挑戦しています。せっかく作るんだから、映画を観ていただけなくてもいいから、このパンフレットを読んだ時間が無駄ではなかったって思っていただけるような、娯楽を提供できるものを作りたいと思ってやっています。でも、やりすぎて空回りすることもあります。

藤田 読んでみたいな、それ。いわゆる映画批評のようなものじゃなく、もっと噛み砕いたものが書かれているんですか。

下地 くだらない妄想特集記事とかを載せてることもあります。作品ごとの紹介は全部載せるんですけど、それも、スタッフが自分で観て、自分の言葉でお客様に紹介して欲しいと思っているので、記名原稿をスタッフに書いてもらっています。お客様にその人の、人となりが見えるといいな、と。もっとくだらなくしたいんですけど、それはそれで難しいですね。

藤田 僕らがいつもいるような、演劇やダンスが上演される劇場で働く人たちにとっても、それは勉強になる話だと思います。

下地 最近、意味があることをみんながインターネット上とかでたくさん発信してる中で、桜坂劇場は、とにかくくだらないことをしていきたいって思い始めているんですよ。

藤田 わかります。ゆるさというか、一見、特に意味のないような余白って、実はだいぶ必要だし、重要ですよね。アートという言葉をつかって言い訳しているような表現や場所ってよくありますけど、そういう類いのものにすこし苦手意識があるんですよね。隙のない表現や場所で溢れてしまうと、かえって窮屈になってしまうというか。もちろんなんらかの意味を見出して、ソリッドを効かせていくことも時には必要なのかもしれないけど。人を楽しませて、最終的には自分も楽しむというのを忘れたくないですよね。楽しめないなら、そのへんの猫を目で追っていた方がよっぽど充実しませんか(笑)。観客はわざわざ家の外へ出て、劇場まで足を運んでくれているわけだから、観客を待っているのはどこまで行ってもエンターテインメントでしかないし、エンターテインメントであるべきだと思う。一方的に、勝手な“かっこいい”を押し付けられるのは、ちょっと違うんじゃないかなって。

下地 いいですよね。生きていくだけのことをいえば本当はエンターテインメントってなくてもよいものだと思う。だからこそやりようがいっぱいあると思うんですよね。

下地久美子 (しもじくみこ)

桜坂劇場支配人。沖縄県南城市出身。2007年にアルバイトで入社、2009年に正社員に。その後興行部長をへて支配人に。オススメ映画情報紹介のラジオ出演多数。新聞や桜坂劇場フリーペーパー「Sakurazaka FunC」にて映画紹介コラム執筆。趣味はプロレス観戦から仏像拝覧、写経、へ移行中。

桜坂劇場
沖縄県那覇市牧志3-6-10(旧桜坂シネコン琉映)
098-860-9555(劇場窓口)